火山超雑学クイズ

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出題クイズ

Q21
1930年代に設立された日本火山学会の初代会長は、ノーベル賞物理学者・湯川秀樹博士の実父に当たる方です。その方のお名前は?
出題者(國友孝洋)

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A21
小川琢治(おがわたくじ)博士です。

解説
 1930年代に設立された日本火山学会は、世界で初めての火山に関する学会です。初代会長は小川琢治(1870〜1941)京都帝国大学名誉教授で、和歌山県田辺出身の地理学者・地質学者です。日本火山学会の会報「火山」(「火山」第1集)は、1932年5月に第1巻第1号が出版されました。会報の題字「火山」は小川琢治博士の筆によるもので、現在の学会誌(「火山」第2集)にも同じ題字が踏襲されています。日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹博士は、小川琢治博士の実子に当たります。結婚で湯川家の婿養子となったため、小川姓から湯川姓となりました。なお、この時代の日本火山学会は、戦争などの影響で活動が休止しました。1956年12月に再興されたのが現在の日本火山学会です。この年を創立年として、創立60周年記念式典と祝賀会が、富山で行われた日本火山学会2015年秋季大会で催されました。
 さて、本クイズで、戦前にあった日本火山学会の設立を1930年代としたのには理由があります。設立年に2通りの数字(1931年と1932年)が流通しているためです。日本火山学会のホームページや鎌田(1999)には、設立が1932年と書かれています。ただし、1932年を設立年とする根拠の記載はありません。本クイズの出題者は、設立年を1931年4月と考えています。これまで調べた資料の中で最も詳しい記載がある日本地学史編纂委員会(2000)では、「昭和6年(1931)4月、東京地質学会、日本岩石磧物磯床学会、地球学団の3団体連合会議の席上、小川琢治が火山研究の総合学会の必要を説き、神津淑祐が賛成演説、3団体の代表者加藤武夫、小川琢治、神津淑祐連名の招請状により集まった有力学者23名の協議の結果、「火山学及ビ之二関スル諸科学ノ進歩普及ヲ図ルヲ目的」として日本火山学会が設立された。会長には小川琢治、副会長には神津椒祐、中村新太郎、加藤武夫が就任した。翌7年5月、機関誌「火山」(年2回刊)が創刊 された。」と記述されています。本件については、引き続き検証していきたいと思います。

参考文献
日本火山学会ホームページ(NPO法人 日本火山学会について)
http://www.kazan-g.sakura.ne.jp/J/doc/aboutVSJ.html
鎌田浩毅(1999)日本火山学会と会誌「火山」の現況と今後の取り組み, 地学雑誌, 108(6), 734-740.
和歌山県教育委員会(ふるさと教育副読本わかやま発見「小川琢治と和歌山」)
http://www.wakayama-edc.big-u.jp/wakayama_hakken/pdf/section/02/04/180.pdf

(日本火山学会の設立が1931年という記載のある資料)
津屋弘達(1954)日本の火山研究の回顧, 地学雑誌, 63(3), 29-34.
諏訪彰(1955)日本の火山とその研究, 天気, 2巻3号, 6-11.
日本地学史編纂委員会(2000)日本地学の展開 (大正13年~昭和20 年)<その1>ー「日本地学史」稿抄ー, 地学雑誌, 109(5), 719-745.
山下文男(2009)[報告][略年表][15年戦争]と日本地震学辛酸の軌跡, 歴史地震, 24, 193-199.