弾性波および電磁波動場における吸収境界条件とその特性
- 密度・誘電率を複素数にしての数値計算 -

An Absorbing Boundary Condition with Complex Density and Dielectric Constant for the Calculation of the Elastic and Electromagnetic Wave Fields

鶴我佳代子・熊澤峰夫・中島崇裕(東濃地科学センター)

<はじめに>
 地震波と電磁波のアクロスで取得するデータを用いた、構造解析の基礎となる順問題としての波動場計算上の一つの問題を論じる。
<課題の設定>
 アクロスでは、特定の周波数の弾性波や電磁波を定常的に送信するため、時間領域においては理論上無限時間の観測を行っていることに相当し、その結果、観測記録には震源と観測点を囲む領域を越えた無限遠(〜地球全体)までの構造の情報が含まれていることになる。観測データから遠方の情報を除く方法としては、既にケフレンシのカットオフという方法を案出してある。よって、ここでは順問題において遠方の情報を除く方法を考える。
 高い周波数領域で短い走時範囲では、Finite-difference time domain法や有限要素法などを用いた波動伝播の時間発展の計算が用いられるが、低い周波数領域、あるいは、地下構造による多重反射などを含む長い走時の波動場の計算では、解析領域の外壁で反射が起こらない仮想的な境界(『吸収境界』とよぶ)を設けるなどの工夫が必要である。また、波動場の計算でモード解析手法を用いる場合には、外壁に適切な吸収境界条件を設定して、解析領域を『孤立系』にすることが有用である。
 本研究の目的は、ターゲットとなる領域を限定した構造解析に適した波動場計算手法の確立のために、弾性波動場および電磁波動場の両者に適用できる『孤立物理系』の吸収境界条件を検討・考察することである。
<手法>
 これまで提案されてきた吸収境界条件には、Differential-based absorbing boundary condition(Mur,1981; Higdon, 1986;等)や、Material-based absorbing boundary condition(Berenger,1994; Sacks et al.,1995;等)がある。Berenger(1994)は、境界におけるインピーダンスマッチング条件を完全に満たし、電磁波動場の反射係数が周波数に依らないで0になるPML(Perfectly Matched Layer)という吸収境界条件を提案した。これにより物理的孤立系の数値計算は迅速かつ容易になった。
 ここでは、弾性波動場における吸収境界層(以下ABL)について検討する。解析領域がX≦Xaにあるとき、弾性波のABLの密度P(X)および弾性定数C(X)(電磁波では、透磁率と誘電率)を次のように周波数ωと位置Xに依る複素数で与える。
    P(X) = Po / (1 + iQ^-1(X))    (Xa≦X≦Xb)
    C(X) = Co ( 1 +i Q^-1 (X) ),
ただしQ^-1 (X)は、例えば、Q^-1(X) = A (X-Xa)/ωとする(Aは吸収係数)。そうすると、インピーダンス Z = (P (X) C(X))^1/2 = (P 0 C0 )^1/2 はABL内の位置に依らない定数になるので反射は起こらない。また、波数kはk =ω(P (X) / C(X))^1/2 =(ω/ Vo) ( 1 + i A ( X - Xa ) / Vo )となる(Vo = (Co / P o)^1/2)ので、+X方向に伝播する波の振幅はガウス関数exp( -( A / Vo) ( X - Xa )^2)で急速に減衰する。仮にX=Xbにおいて完全反射が起こっても、全体としての反射係数はexp( -2 ( A / Vo) b^2)である(b =Xb-Xa:ABLの厚さ)から、Aに大きい値を採用すれば、極めて薄いABLで目的を達することができる。
 この吸収境界層の反射係数は、角度θが大きい斜め入射による反射波、および臨界角を越えて大きい角度の入射SV波から変換して角度θで反射する変換反射P波に対しては、指数関数の中のAをAsinθで置き換えなければならないので吸収が小さくなる。数値計算の結果、この効果は実用上無視できる範囲にあることがわかった。さらに、より小さい反射係数を要求する場合にはX=Xbの近傍に散乱構造を設定するなどの対応策もあり、その評価は計算結果によって示す。
<結論>
 電磁波動場について提案されていた吸収境界層は、弾性定数と整合するように密度を複素数にすることによって弾性波動場にも適用できる。この吸収境界条件は、波動場の解析領域を孤立物理系にすることができ、波動場の時間発展の計算にもモード解による解析にも有効である。