電磁アクロスの一般理論と実用化の意義

熊澤峰夫, 中島祟裕1)、羽佐田葉子2)  1) アクロス/東濃地科学センター、2) 名大理

Introduction to general theory and practice of EM ACROSS

M. Kumazawa, T. Nakajima, Y. Hasada (ACROSS team/TonoGeosci.Center, Nagoya Univ.)

はじめに: 本報告は、これに引き続く電磁アクロスに関する一連の研究報 告の総括的前置きでもある。また「電磁アクロス」理論の構造を提示し、 それが地下構造とその状態解明の実用的汎用技術としてどのようなポテン シャルがあるかを検討した。電磁アクロスは、少なくとも100 mHz から100 MHzまで広い周波数に亘って技術的に成立し、かつ、極めて大きな役割を 期待できるので、そのルーチン実用化への開発投資が重要であると考える。
アクロスの原理: アクロス(精密制御定常信号システム)は,精密に制御 した信号を用いて,送信点と受信点の間の伝達関数を周波数領域で観測す る。現実の観測における最大の障害になるノイズに対して、情報理論で知 られている最もrobustな信号が周波数と位相の分かった定常サイン波であ る。S/Nの高い測定はほとんどすべて定常波スペクトロスコピーである。こ のような原理的な特徴を最大限に活用するのがアクロスの観測における考 え方である。送信と受信の同期性確保の帰結としてでてくるアクロスのも う一つの重要なポイントは、存否セプストラム解析法によって、狭い周波 数範囲のデータからでも情報伝播の群速度を解析できることにある。これ は波の伝播における分散を精密な観測量に取り込めることを意味する。
電磁アクロスとは: 上に述べた原理的特徴を電磁気的信号に適用する場 合を「EM(電磁)アクロス」と総称する。周波数が高い場合には通常の電 磁波と同じであるので、われわれは「波動場アクロス」と呼んでいる。地 球内部のように電気伝導度が大きい媒質内では、周波数が低くなる(いわ ゆるMT領域にはいる)と、信号伝播の支配方程式は拡散方程式に遷移する。 この場合(「拡散場アクロス」と呼ぶ)についての理論的考察はすでに報 告(小川他,熊谷他,羽佐田他)した。拡散場アクロスと一見似ているCSMT (制御したサイン波励起を使うMT法)では、一点で観測する電場と磁場の 間の伝達関数(インピーダンス)の観測からその近傍(波長に依存)の平 均的電気伝導度を求める。したっがてこれは、電磁場を励起した場所に独 立な物理光学的アプローチであり、物理分散と構造分散の分離が難しい。 アクロスはこのようなアプローチも統一的に含むけれども、電磁場伝播が 拡散的であっても、その伝播特性をレイパスにそった伝達関数として幾何 光学的な観測解析できるので、CSMTとは質的に異なるのである。
地殻内部の状態を直接観測量で視る: これまでの電磁気探査では、地 下の電気伝導度分布の概略を幾何学的構造として得る、という立場にあっ て、地下の状態までを物理的に視る、という観点はあまりなかったように 見える。しかし、アクロスによって幾何光学的アプローチができ、かつ物 理分散がわかることになると、電磁アクロスには縦波のAC(acoustic弾性) アクロスなどにもない重要な特徴がでてくる(弾性横波とは似ている)。 すなわち、(1) 物質の状態による伝播特性に桁の差があり、(2) その主因が 地殻深部では温度、浅部では水の効果、と比較的単純な予想が立っている、 (3) 分散性が著しく大きく、かつ物質による多様性がある。このために、特 に地殻浅部では、広い周波数(波長=カラー)範囲の観測によって微量の 間隙吸着水とその状態を遠隔観測できることを示唆している。また、(1) の 結果として、地震波の場合よりも反射散乱体が構造解明の方法として有効 で、これまでとは質的に異なる新しい情報を導きだせるだろう。
地震発生場の監視や地殻ダイナミックスにおける意義:  地殻内のH2O は、応力下にある地殻物質に多様な構造敏感性をもたらす物理的要因であ ると同時に、遠隔観測が可能な著しい誘電分散の原因でもある。例えば、 地震予知研究において断層など地震発生場の監視で最も敏感なのは、おそ らくこのH2Oが関わった現象であろう。電磁アクロスはその監視観測を実 現する高い可能性をもっている。しかしその観測結果を合理的に解釈して 地震発生場の変動を理解できるためには、岩石の組織中にあるH2Oが電解 溶液としてもつ電気化学的性質の物理的研究を平行して行う必要がある。