【はじめに】
東濃鉱山内に設置されている回転型ACROSS震源装置から送信した信号を水平距離87m離れた深さ190mの花崗岩中に設置したフィードバック式孔底地震計で観測し、震源−観測点間の周波数応答関数を 0.1 Hz 間隔、5〜35 Hz間で取得した。得られた周波数応答から存否法を用いて実体波の走時と減衰、およびその周波数依存性を推定する。
【これまでの解析】
存否法を用いた走時解析はACROSSの解析手法の基礎をなすものであるが、実測データの解析の実例はこれまで多くない。名古屋大学構内における実証実験(96年日本地震学会秋季大会)、淡路島における探査実験(97年合同大会)が主な成果であるが、いずれも温度変化のある地表での観測による地震計の特性変動、あるいはダイナミックレンジと精度とが限られているデータに表面波が卓越しているなどの理由で、実体波については詳細な解析は困難であった。
【今回用いたデータ】
今回解析に用いたデータは、FMによる複数周波数同時送信とボアホール内での観測により気象要因のデータのばらつきが少ないことが期待され、S/Nは30Hzでは10^4程度あり表面波の影響もなく、回転型震源における正・逆両回転でのデータが得られているために放射パターンまで考慮した実体波の解析を行うことが可能である。ただし、正逆回転の一連の取得データの同時性はまだ完全ではないが、地震波速度の時間変動を小さいとみれば、同時性を心配する必要はない。送信源と受信点の直線距離209mの間には,約120mの第三紀層(泥岩,砂岩,礫岩)と約90mの花崗岩がある。
【解析手法】
解析の基本は、ACROSSシステムによって得られた周波数応答関数を、自己回帰モデルに基づいて時間領域でのパルス列に分解することにある。それは存否法を複素周波数系列データに拡張した手法を用いる(Hasada et al. 2000)。
まず、正回転と逆回転のデータを分解合成して、震源から観測点方向の振動に対する応答と、それに直交する振動に対する応答に変換する。さらに観測点の座標系を回転し、P、SH、SVの各成分に分離する。このデータをバンド幅10Hzでステップが1Hzの周波数移動窓、および直達P、S到着時刻近傍の幅1sの時間窓で区切り、それぞれについて存否法による解析を行った。その結果、複素走時(実部が群速度、虚部が減衰係数に対応)、および振幅と位相の周波数依存性が得られる。
【結果】
・直達P波、S波の走時がそれぞれ〜0.08s、〜0.16sと求められた。速度に変換すると
それぞれ〜2.6km/s、〜1.3km/sである。
・逆フーリエ変換によって時間領域の波形に直すと、SH波よりもSV波の方が10%ほど大きい。
これは波の励起効率と減衰係数の違いを反映していると思われる。
・逆フーリエ変換による波形のparticle motionを見ると、S波は加振方向から最大10°ほどずれている、P波ではパスに平行にならず、パスを含む鉛直面内でパスに直交する成分も含んでいるように見える。
・求められた「見かけの分散曲線」には顕著な特徴がある。その第1は、分散が著しく大きいことで、S波では10%以上に及ぶ。分散のタイプもPとSでは異なっている。ここで発生する問題は、得られた見かけ分散の信頼性とその意味の理解にある。その検討には、取得データの信頼性(送信効率の周波数依存性の未知の効果)、波束の経路近傍に存在する可能性のある層構造による共鳴効果、振幅、減衰、位相などの周波数依存性との相互関係、さらにデータ解析上のバイアスや誤差の吟味を要するものと考えられる。
【まとめ】
今回解析した伝達関数は、周波数の高い領域での S/Nは10^4であるが、低周波数領域の10Hzでは10^1〜10^2程度に下がる。従って、得られた結果は完全に信頼できるものではないが、実体波にも著しい分散が発現することを示唆するものである。これは非常に興味のある重要問題であるので、次の段階で詳しく検討する予定である。