(地震ニュースレターに掲載されたものを改訂)
ここ数年名古屋大学と動燃・地震フロンティアのグループを中心としてACROSSとかACROSS法なる単語の含まれたタイトルの講演が多く行われた.初期の頃は原理的な話が多かったものの,内容が技術的に高度になるに従って必ずしもついてきていただけていないようである.しかしながら多くの方にACROSSなるものに興味を持っていただいているようでもある。そこでここでは今までの進展をまとめてACROSSの全体像がわかるような解説を行いたい.
ACROSS法
ACROSSとはAccurately Controlled Routine-Operated Signal Source の略で精密に制御された信号を定常的に発信して媒質の情報を得るシステムの略である.信号源としてはひとつまたは複数の正弦波を用いている.正弦波を用いる利点は,受信された信号の情報をフーリエ変換(一種の相関計算)によって取り出すことが可能なことである.送信される正弦波が非常に精密で,かつ送受信が正確に同期されていれば,ノイズによる誤差を除きすべての情報を得ることができる.これは途中の経路での影響(応答)の情報をすべて取得できることに相当する.当初ACROSSは弾性波源(制御震源)として考案されたが、原理的には信号源は弾性波であっても電磁波であってもかまわない。このような定常的な正弦波を用いてデータを取得する方法をACROSS法と呼んだりする。
ACROSSの特徴はこのように周波数領域でデータを取得することにある。この場合ある受信点に着目すると1つの周波数に対して1組の振幅と位相(複素振幅の実部と虚部といってもよい)を取得することになる。このようなデータを低周波から高周波まで取得すれば原理的には時間領域で取得するデータと同じである。現実的には低周波から高周波まで広い帯域のデータを得ることが(能率などの点から)現実的でない。これは時間領域ではバンドパスフィルターを通したことに対応し、時間分解能が低下する。その関係を示したのが図1である。(a)は本来戻るべき時間波形で、2つのパルス入力があったとする。ACROSSでは(b)のようにそれぞれの周波数ポイントでサンプルされ複素数のデータが得られる。(b)では限られた周波数幅でのみサンプリングしているため(c)のようにパルス幅がひろがる。このとき周波数領域で取得する周波数間隔の逆数が時間領域の時間長に対応する。また周波数領域で取得する周波数幅の逆数が時間領域での時間分解能に対応する。フーリエ変換を用いて時間領域に戻した場合にはこのように時間分解能が低下する。これを低下させない方法としてスペクトル解析法の存否法を複素データに適応した存否セプストラム法がある。存否セプストラム法の詳しい説明は別の機会に譲り、ここでは省略する。
弾性波ACROSS
さて現実的な装置の話に入ろう。ACROSS法は精密な正弦波を用いる方法と再定義できるので、信号の種類は弾性波でも、電磁波でもよい。また地下水・熱・ひずみなどの拡散も周波数領域で表現可能なので、ACROSS法が適用できる。ここでは現在もっとも進んでいる弾性波を用いたACROSSについて、目的と装置の原理について述べる。
我々が弾性波ACROSSを試作しようとした目的は、地下構造の時間変化を常時モニターする手法を手に入れたかったからである。地下構造の時間変化とは、たとえば火山におけるマグマだまりモニター、地震における断層深部モニター、地熱における貯留槽モニターなどへの応用が考えられる。いずれも地下に常時弾性波を送って波の伝わり方(伝達関数)の変化をとらえることである。そのためには震源周辺の地盤を破壊しない程度の強さの信号を長時間送信する必要がある。そのような信号を十分なSN比で受信するためには長時間収録する必要がある。
信号源(震源装置)としては偏心したおもりを回転させ、遠心力で力を発生させるものを用いている。これは現在の技術では回転制御が非常に精密に可能になっているからである。実用試験装置ではモータは位置制御方式のACサーボモータを用いている。図2に原理を示す。偏心おもりを収めた本体を地盤に固定し、おもりの回転によって遠心力を地盤に伝えている。ACサーボモータは外部から供給されるパルス数に応じて制御される。現在の装置は2000パルスが1回転に対応する。従って20Hzで回転させたければ毎秒40000個のパルスを与えればよい。
一方受信側は地震計に時間区間蓄積型記録装置(TS-Stacker)と呼んでいる記録装置を接続している。受信側のSN比を向上させるには長時間記録すればよい。その記録をフーリエ変換することにより、震源に対応した周波数にピークが現れる。しかしながらこれでは長時間記録するために膨大な記憶容量を必要とする。TS-Stackerでは記憶容量を節約するために一定時間ごとに信号を足しあわせるという操作を行っている。たとえば100秒ごとに記録を足しあわせていくと、1/100Hzの整数倍以外の周波数の利得が次第に下がっていく。その様子を示したのが図3である。あらかじめ震源装置の周波数を1/100Hzの整数倍にすることを約束しておけば、信号に対する利得を下げないで記録容量を節約することができる。
このような送信側と受信側は正確に同期している必要がある。なぜなら受信側の記録時間が長くなればなるほど利得の下がらない周波数の通過帯域幅が狭くなるため、正確にその通過帯域に信号側の周波数を一致させなければならないからである。そのような同期にはGPS時計を用いている。GPS時計は常時衛星の信号を受信していさえすれば世界中どこでも0.1マイクロ秒程度の誤差で時刻を得ることができる。GPS受信機から出力される時刻信号そのものは受信する衛星が切り替わるタイミングで1ミリ秒程度の一時的な誤差が生じることがあるが、最近の時計はうまくスクリーニングすることによりそのような誤差が生じないようになっている。送信装置側はGPS時計の出力する毎秒10メガパルスの信号に同期して与えられたパルスによって制御されている。受信側も常時GPS衛星からの信号を受信することによって1マイクロ秒程度の精度を保っている。なお通常の地震観測に用いられるデータロガーなどのGPS時計の精度が1ミリ秒程度であるのは消費電力の節約のため衛星信号の受信を1時間に1回程度に押さえてあるためである。
周波数変調(FM)制御
現在まで開発された弾性波ACROSSの技術の中で回転のFM制御は大変重要な技術である。現在の震源装置は回転によって力を発生させているため定常回転制御では単一の周波数でしか運転できない。この場合たくさんの周波数成分のデータを取得するには、順々に周波数を変更していかなければならなくなる。オペレーションも煩雑になるし、その間に地下構造が時間変化してしまったのではさらに困ったことになる。そこで登場したのがFM制御技術である。
FM制御では震源装置の回転数の加速・減速を正確な間隔で繰り返す。この操作によって離散的な周波数成分の信号を発生させることができる。たとえば全く同じ変調を正確に10秒毎に繰り返すと1/10Hz間隔の離散的な周波数ピークを発生させることができる。これは10秒周期の信号は1/10Hzの整数倍の周波数で1次結合で表現できるというフーリエ級数の性質そのものである。FM制御によって発生させた信号の例を図4に示す。
ACROSS法の応用
地下構造モニター以外にもいくつかの興味深い応用が考えられている。土木・建築の分野では構造物の損傷検査に用いることができる。構造物に微弱(強いと住民が感じてしまう)な正弦波を加え、各所での振幅と位相の変化から損傷箇所と損傷具合を推定しようというものである。正常な時期のデータをあらかじめ取得しておいて、大地震の後などに同じ手法でデータを取得し地震前と比較する。もしも損傷があれば周波数応答に変化があるはずで、比較的簡単に検査ができる。また微弱な信号で(時間をかけて)測定をするため、装置としては小型のもので足りるという利点もある。
実験室における弾性波速度の測定にもACROSS法は応用できる。通常の弾性波速度の測定は試料にパルス振動を入力して、受信するまでの伝播時間を測定して弾性波速度を得ることが多い。それに対してACROSS法では正弦波を用い、送信側と受信側の振幅比と位相差を測定する。その測定を多くの周波数で行い、周波数軸上のデータとする。それを時間領域に戻せば送受信間の走時を得ることができる。信号として定常的な正弦波を入力するため、パルスでは問題になりやすいtrangentな影響から逃れることができ、より精密な測定が可能になる。またACROSS法の最大の利点は減衰がより精密に計算できることである。精密な測定が可能になるため、振幅の周波数依存性や、時間領域でいえばパルス幅を従来よりも精密に得ることができる。それらの測定からQを計算することが可能になる。
今後の問題点
順調に見えるACROSSの発展にも、それをはばむ大きな壁はある。ACROSSではフーリエ変換を通して時間領域と関係づけるため計測系の線形性が問題になってくる。従来のように走時をはかるだけならば、極端にいえば、装置の精度は時間精度だけで十分で、大振幅で信号が飽和しても初動は計測可能である。ACROSS法ではすべての記録を精度よく取得してはじめて記録が生きてくる。線形性を乱す要因はそこかしこに転がっている。送信(震源)装置、送信装置と媒質(地盤)とのカップリング、受信機(地震計)、アナログアンプやAD変換器などである。常識的には電気信号と機械的信号の変換部での非線形歪が大きくなる。例えばサーボ機能を持たない電磁式地震計は振り子がふれて動作点がずれることにより感度が変わることが非線形の原因となる。送信装置と媒質とのカップリングも問題になる。このようにそれぞれの装置に従来にはない高精度を要求しているのがACROSS法である。手法と相まって装置の高精度が達成されることによりあらたな世界が開けてくることが期待される。
index
文献
アクロス研究グループ・熊澤峰夫: 地下構造状態の常時遠隔監視技術の開発研究と地震発生場解明に向けたテストフィールド実験. 月刊地球号外20「新地震予知研究」174-177. (1998)
東原紘道: ACROSS the tide of recession. 月刊地球号外20「新地震予知研究」204-208.(1998)
山岡耕春・宮川幸治・国友孝洋・小林和典:淡路島野島断層におけるACROSS実験. 月刊地球号外21「断層解剖計画」59-65. (1998)
米田明・羽佐田葉子・熊澤峰夫:アクロス法による音波物性測定. 地球惑星科学関連学会1997年合同大会予稿集、C22-P01S
図1: ACROSSで取得する周波数領域のデータと時間領域のデータとの関係
(b)において*は周波数サンプル点。実線と波線はそれぞれ実部と虚部のデータ
図2: 弾性波ACROSSの送信装置の原理。
図3: 受信装置の周波数特性をスタック1回、10回、100回で示したもの。
図4: FM変調制御による信号のスペクトル。
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