精密制御定常信号システム(ACROSS)による地震波速度モニター実験

山岡耕春*・國友孝洋**・小林和典*・

宮川幸治*・宮島力雄*・生田領野*・森口賢治*

(*名古屋大学・理、**サイクル機構・東濃地科学センター)


1.はじめに
 地下構造とその時間変動をモニターするための新しい方法として、精密制御定常信号システム(ACROSS) を提唱し、その実証実験を進めている。特に地下構造の時間変動をモニターする手法としての能力を検証することを主眼にして、多くの基礎的な実験を行ってきた。ACROSSについてはすでに物理探査学会(熊澤・他、1995;武井・他、1995)などにおいて報告されているので、概要を簡単に述べる。
 ACROSSは探査の信号源として複数の正弦波を用いるという考えに基づいたシステムである。正弦波を用いることにより高いSN比を獲得でき、かつ震源周辺を破壊しない震源を実現できる。非破壊性に伴う力の弱さは長時間のスタッキングによってカバーできる。このことは、地下の連続モニターのための震源装置として優れた長所である。またACROSSでは震源で発生させる正弦波をGPS時計に同期させている。GPSは時計としては0.1マイクロ秒の精度を持っているため、受振側をGPS時計に同期させるだけで、どんなに距離が離れていても自動的に送受信の同期が可能になる。これは震源に単純な正弦波を用いることにより容易になった技術である。
 ACROSSの震源装置は正確な正弦波を発信できるものならば何でもかまわないが、正確な制御が容易であり、発生力に対して投入する電力効率の良い回転型震源を用いた。偏心したおもりをモータで回転させることにより遠心力が発生し、正弦波を発生させることができる。モータとしては大電力で正確な制御が可能であるACサーボモータを用いている。モータはGPS時計に同期させたパルスジェネレータを通じてPCによって制御される。その結果微少な回転むら以外の不規則なドリフトはなくなる。
 ACROSSの受振装置ではAD変換のタイミングそのものがGPS時計に同期する必要がある。AD変換がGPS時計に同期されていれば、連続にデータを記録して、フーリエ変換を施すことにより信号を取り出すことができる。しかしそれでは膨大なメモリーが必要となるためリアルタイムにスタッキングを行い、記憶容量の効率化を図っている。具体的には一定間隔(通常は100秒)で繰り返しスタッキングを行う。その結果、スタッキング間隔の整数分の1の周期を持った正弦波は何の欠落もなく記録される。例えばスタッキングを100秒間隔で行う場合には0.01Hzの整数倍の周波数を持つ正弦波がそのまま記録される。震源装置側でそのような周波数を正確に発信してやれば効率的な送受信システムができあがる。
2.淡路島・野島断層での実験
 1995年の兵庫県南部地震後に地震断層を総合的に調査する目的で断層解剖計画がスタートした。その計画の中で野島断層近傍にACROSS震源装置が設置された。同時に断層近傍の微少な地震活動を記録する目的で800mと1800mのボアホールが掘削されて、底部に地震計が設置されている。
 それらの装置配置の概念図を
図1に示す。震源装置は地表に設置されているが、地震計はボアホールの底に設置されている。800mのボアホールには3成分速度計が1台、1800mのボアホールには底部に3成分速度計が1台、100mずつ上に上下動成分の速度計が2台設置されている。(今後、1800m、1700m、1600mの地震計と呼ぶ。) 震源装置とボアホールは水平方向には200m程度離れているが、地震計の設置深度が深いためほぼ垂直の配置になっている。ボアホールの検層によると地表から穴のそこまでカコウ岩でできていることがわかっており、震源と地震計の間には明瞭な不連続面は認められていない。また1800mボアホールの最深部の地震計は断層破砕帯の中に入っていると考えられている。
 震源装置は地表に2台設置されていてそれぞれ25Hzと35Hzで20トンの力を発生させるように設計されている。ここではそれぞれを低周波震源(LF Source) と高周波震源(HF Source)と呼ぶことにする。
 1996年3月に設置されてから何度かの基礎実験を経て、1998年の12月14日から1999年の1月14日にかけて震源装置を約1ヶ月間連続運転できる段階までこぎつけた。この間特段の問題もなく震源装置を運転することができた。図2はそのときに取得された記録である。1時間スタッキングした記録をフーリエ変換したもので低周波震源によるものと高周波震源によるものがみられる。それぞれ20±1Hzと30±2.5Hzで5秒周期のFM変調がなされている。その結果0.2Hzおきの周波数成分の信号が得られている。この図は800mボアホール底の地震計で得られたもので、1時間のスタッキングで40dBを越えるSN比が得られている。
 このうち高周波震源に対応する30±4Hzの信号成分を震源スペクトルで補正した後フーリエ逆変換したものが図3である。P相とS相に対応する部分がみられるが、後続相はほとんどみられない。これは地震計が800mの深さにあり、表面波が見られないことと、地震計と震源装置の間がすべてカコウ岩であることに起因するものと考えられる。またPやS相がひろいエンベロープを持つのは使用している周波数帯域が狭いためである。
3.地震波速度変動のモニター
 震源装置を約1ヶ月間連続で運転しているので図3のような記録を連続で得ることができる。このことにより地表と地震計との間の地震波速度の変動を連続モニターでできる。図3のような単独の走時データでは走時の絶対的な精度が悪い。しかしながらそのような場合でも相対的な時間変動を得ることができる。
 図4は図3のように走時になおした信号の時間変動を表したものである。実験を始めてから600時間の記録を示してある。つまり図3のように1時間ごとに取得された走時の記録を600本並べたものと考えればよい。図には走時の0秒から1秒までの記録を示してあり、P相とS相に対応する部分が明瞭に現れている。しかも時間方向の対応が非常によい。
 この図だけからでは走時の時間変動を見積もるのが困難であるため、クロススペクトル法によって走時の時間変化を見積もることにした。走時信号のP相に対応する0〜0.4秒の部分をハミング窓により取り出して、300時間目の信号を基準としてクロススペクトルを計算した。その際、震源装置を覆う建物の温度変動によると思われるに日周変動を消すために、最初の周波数信号の段階で24時間の移動平均を使用した。
 図5はこのようにして得られたP相部分の走時の時間変動である。走時はそれぞれの周波数成分での位相を周波数で割ったものを平均したものである。図には800m、1600m、1700mでのP相の相対的な走時の変動を示してある。1800mの地震計は記録装置のトラブルのためここでは示していない。全体的傾向として、指数関数的に走時が減少しており、最初の1週間程度では1500マイクロ秒に対応する。その変動はすべての地震計で共通しており、変動の原因が800mよりも浅い場所にあることを示している。おそらくは震源装置ごく近傍の影響と思われる。
 このように複数の地震計の間に共通する変動が見られたので、今度は1600m、1700mの地震計と800mの地震計とのP相の相時差を示してみる。図6は1600m・1700mの地震計のP相の走時から800mの地震計のP相の走時を差し引いたものである。全体としては25日間で約400マイクロ秒の走時の現象が見られる。また数日周期の走時の変動も見られる。これらの変動の原因は現時点では不明であるが、それらが1600mと1700mの地震計で共通に現れているところを見ると、機器の影響である可能性は低い。
 このような記録から、真の走時変動の分解能や誤差を見積もるのは難しいが、一つの指標としては1600mと1700mの地震計での記録の差をとることができる。それはこの2つの地震計は相互に100m離れていて、アンプとAD変換器は独立になっているからである。2つの地震計の走時変動の差は約数10マイクロ秒であり、現状ではこの数値を、淡路島のACROSSシステムの走時分解能と考えて良い。
 現状では走時の時間変動の原因を特定できていない。2000年の1月から2月にかけて行われる注水実験時の変動が100マイクロ秒以上あれば、十分に変動をとらえることができ、原因を特定する助けとなることが期待される。また現時点では震源での振動の時間変動の補正を行っておらず,その補正を加えることによりさらに制度が増すことが期待される.
4.まとめ
 淡路島に設置したACROSSシステムで地震波走時の時間変動モニターを行った。変動の大部分の原因は800mのボアホール地震計よりも浅い場所で起きており、おそらく震源装置近傍である可能性が高い。800m地震計での走時を基準とすることにより、より深い場所での走時の時間変動をとらえることができた。現状では原因を特定するには至っていないが、観測システムに起因すると考えられる変動は数10マイクロ秒程度であり、それを上回る変動ががとらえられている。

(文献)
熊澤峰夫・小川克郎・藤井直之・山岡耕春・武井康子 (1995) 精密制御定常震源システムの開発(1)全体概念と物理探査への応用可能性.物理探査学会第92回学術講演論文集
武井康子・熊澤峰夫・小川克郎・山岡耕春・藤井直之(1995) 精密制御定常震源システムの開発(2)システム.物理探査学会第92回学術講演会論文集
Yamaoka, K., Kuknitomo, T, Miyakawa, K, Kobayashi, K. and Kumazawa, M: Trial for monitoring temporal variation of seismic velocity with ACROSS system. Island Arc, submitted.