今年も防災の日がやってきました。この日は今から85年前の1923年に相模湾の地下を震源としたマグニチュード7.9の巨大地震によって、関東大震災をもたらした日です。倒壊した家屋から発生した火災は、折からの強風にあおられて広がり、死者・行方不明者あわせて10万人以上という大災害になりました。
日本は、このような大きな被害をともなう地震がしばしば発生します。その中でも、近い将来発生が心配されているのが、駿河湾から四国沖にかけて発生する、東海地震、東南海地震、南海地震と呼ばれる巨大地震です。政府の地震調査推進本部によりますと、この地震が今後30年間に発生する確率は50%以上とされています。日本で発生する地震の中では最も発生確率の高いグループに入っており、まさに、対策は待ったなしという状況です。
ところで、いま、地震が発生する可能性は○○%という表現をしましたが、このような予測はどのようになされているのでしょう、また、その限界はどのあたりにあり、今後どのような進歩が望めるのでしょうか。今日は、そのあたりを整理してみたいと思います。
地震による災害軽減のためには、地震の規模や時期を予測し適切な対策を取る必要があります。地震の予測は、「いつ」「どこで」「どのくらい」の地震が発生するかについて、地震発生前に実用的な精度で予測することです。
さらに「いつ」については、その予測手法により精度が異なります。そのため、ここでは便宜上、長期、中期、直前と呼ぶことにします。この分類に従い、地震の予測について現状を整理したのがこの表となります。
この表のうち「どこで」「どのくらい」という予測、つまり「場所」と「規模」についてはかなりの程度の予測が可能となっています。例えば、発生間隔が50−100年と比較的短い、海溝型の地震については、明治以来の近代的な地震観測によって、発生場所や規模が明らかにされてきました。また、日本列島内陸の比較的浅い場所で発生するいわゆる直下型の地震についても、断層とよばれる地形を調べることにより、「場所」「規模」が推定されています。「場所」や「規模」について、正確な予測が可能になれば、その地域に建てる構造物をどの程度地震に強くしたらよいかということが明らかになり、効果的な耐震ができるようになります。
さらに、「いつ」という「時期」の予測は、奈良時代や平安時代の古い文書に書かれた地震の記述を調べたり、現在の地質・地形を調べて、過去の地震発生の歴史を明らかにすることによって、可能になります。たとえば、100年に一度大地震が発生し、最後に発生した地震が70年前だということがわかったら、次の大地震は30年後に発生する可能性が高いという予測が可能となります。
このような予測は、阪神淡路の大震災後、政府の地震調査推進本部により、10年もの時間をかけて全国の主要な活断層や海溝型の巨大地震の調査が行われ、実現しました。その結果は、「全国を概観した強震動予測地図」として公表されています。この地図を見ると、自分の住んでいる場所が近い将来どのくらい揺れる可能性が、今後30年間に震度6以上で揺れる可能性として、把握することができます。
このような長期予測ですが、このところ、陸域のいわゆる直下型の地震に関しては、その信頼性をゆるがす地震が続いています。2005年3月に発生した福岡県西方沖の地震、2007年3月の能登半島地震、昨年7月16日の新潟県中越沖地震は、いずれも日本海側の沿岸海域で発生し、調査の範囲外でした。また本年6月14日に発生した、岩手・宮城内陸地震は、従来、活断層が認められていない場所で発生しました。
一方、太平洋側の海域で発生する海溝型の地震については、おおむね想定の範囲内で地震が発生しています。しかしながら、30年で50%というような予測は、大まか過ぎるという指摘もあり、さらに精度の良い予測が強く求められています。また東海・東南海・南海地震に連動する可能性がある地震に対し、その予測についても、現在のように、過去の地震発生履歴から将来を予測する方法では限界があります。
その限界を突破するためには、地震のしくみに基づいた中期的な予測をする必要があります。
例えば、現在の気象予測は、大気の動きをコンピュータで再現し、実際の気象観測データを用いて、明日の天気を予測します。同じように、地震についても、地震のしくみを解明して、地下の断層への力のかかり具合や摩擦の状態などをコンピュータで再現できれば、より精度の良い地震発生予測への道が開けます。この点については、現在では地震のしくみの解明が進み、現在ではコンピュータで地震発生を再現することができてはいます。
しかし、地震を再現するだけでは、将来の地震発生を予測できません。気象観測と同様に実際の地球を観測する必要があります。それには、阪神淡路大震災を契機として全国の1000箇所以上に設置されたGPSと呼ばれる地殻変動観測装置と地震計を用います。これらの計器のデータによって、コンピュータの計算結果を検証し、将来の地震発生を予測できる可能性を持っています。このような「しくみと観測に基づいた地震発生予測」の研究は大学などを中心として総合的に実施されて、この10年に大きく進歩しました。近い将来、従来よりも精度の良い地震発生予測が可能となることが期待されています。
内陸で発生する地震についても、活断層の調査だけでは限界があります。活断層の地震と言われている地震も、その本体は深さ5−15kmの深い場所にあります。地表のずれは、本体のずれに押されて動くだけです。そのため、活断層に関係する地震の予測精度を飛躍的に向上させるためには、やはり地震本体のしくみの解明を続ける必要があります。
このように、地震の研究が精力的に続けられ、その結果精度の良い予測ができるようになっても、それだけで被害が減るわけではありません。東海・東南海・南海地震が連動した場合、政府中央防災会議によると、最悪で、死者2万5千人 被害額は81兆円と試算されています。この想定被害を減らすためには、まず、建物の耐震化と家具の固定など、国民一人一人の行動が基本です。地震対策は?と尋ねられて、「非常持ち出し袋を用意しているから大丈夫」、と思いがちですが、非常持ち出し袋では想定被害は減らないのです。
精度の良い予測によって、自分のいる場所がどの程度揺れ、またそれがどの程度切迫しているかを知り、その上で事前の対策を立てることによって被害を減らすことができます。最近導入された緊急地震速報も、事前対策でカバーできない被害を減らすためのものと考えるべきです。
台風も、準備して迎え撃てば、不意打ちに比べ被害を減らすことが可能です。地震の予測精度向上は、対策に移すことによって初めて生きるのです。