ブロードバンド時代の地震防災
2004年7月14日に、上記の題で講演をしてきました。以下は講演の概要です。

 <はじめに> 昨今のネットワークの進歩には著しいものがある。社会に大きなショックを与えた1995年の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)の時には考えもつかなかったほどに、様々な通信手段が発達している。阪神淡路大震災では、1月17日の早朝の地震で神戸がとんでもない状態になっていたにもかかわらず、時の内閣や総理大臣にはことの重大性が十分に伝えられていなかったことが問題となった。
 当時の情報伝達手段はテレビ・ラジオ等の放送メディアと電話であった。テレビは書道段階でもっぱら映像を用いた報道を行った。テレビメディアの常として「絵になる」ところが強調される傾向にある。倒れた高速道路や燃える町並みなどが強調され、実際の被害の全体像が明らかにはされにくかった。一方ラジオは災害報道を続けるとともに、斬新な試みとして安否情報を流す局が現れた。一日中、○○さんは△△にいて無事です、というような情報を流し続けた。しかしながら情報が増えるに従い、常にラジオを聞いていないと自分の知りたい身内や知り合いの情報を聞き逃すという欠点も指摘されている。電話は輻輳して役に立たなかった。私の元ボスは、芦屋に自宅があって単身赴任をしていたのだが、地震直後につながって無事を確認した後は全くつながらなくなったらしい。一方携帯電話はまだ普及率が低く、かなりつながったようだが、昨今の普及率から考えると、今後の災害時には全く役立たなくなるだろう。インターネット関連の電子メールウェブは一部で使われ始めていただけだった。

 <急速に発達する通信手段> さて、現在ではずいぶん様変わりをしている。テレビは大都市圏で地上波デジタル放送が始まった。多チャンネル化と同時にデータ放送も利用できるようになっている。さらに携帯電話でもテレビが見られるようになりつつある。電話も急速に変化している。いまや携帯電話は一人に一台の時代で、おそらく、もっとも手元に置いてある時間の長い道具となっている。外出する場合も、財布と携帯電話と鍵が常に持ち歩くものだろう。かたや、携帯電話に取って代わられようとする電話であるが、IP電話という形でインターネットを利用した電話が普及し始めてきている。なんと言っても通信コストが安いというのが魅力である。インターネットの普及も今や日本は世界のトップを走っている。ADSLや光ケーブルによる常時接続ブロードバンドのネットワークが急速に普及しつつある。まだ日本の津々浦々という訳にはいかないが、都市部ではほとんどの世帯で恩恵を受けることができる。街角には無線LANのスポットが設置されはじめ、ケーブルが無くても高速のインターネットが利用できる環境ができはじめた。ノートパソコンの急速な普及で、喫茶店が突然オフィスに早変わりしたりする。通信速度で劣る携帯電話も徐々に高速化が進められつつあり、携帯電話でのテレビ電話も当たり前になりつつある。このように情報を、大量に、きめ細かく伝える手段が急速に発達してきていることがわかる。

 <長続きする防災対策を> 防災対策として留意する点として、「災害は忘れた頃にやってくる」というものがある。たとえば東南海地震や南海地震は今後30年間に起きる可能性が50%と言われていて、すぐにでも防災対策をと躍起になっている。しかしこれらの地震が「忘れた頃」にやってくる可能性も十分にある。なにより長い時間防止意識を継続する努力も大切だ。しかし、たまにしかやってこない地震災害だと、せっかくの防災の道具も必要なときにはほこりをかぶってしまっているかもしれない。阪神淡路大震災のあとに、枕元にはスリッパを、という対策を始めた人たちもいたが、それを30年も続けることができるだろうか。災害の時にしか役立たないものは、結局災害の時にも役に立たないかもしれない。

 <インターネット防災の問題点> 一方、インターネットを利用した防災対策がもてはやされているが、問題は無いのだろうか。最近顕著になってきた問題点は「災害時につながらない防災関係サイト」がある。災害時に必要とされる情報としては、気象・地震・噴火・交通情報・河川情報などいろいろとあり、それらに対応したウェブサイトも急速に整備されつつある。しかし、ブロードバンド加入者が急速に増えるに従い、アクセス(接続要求)も急速に増えている。特に災害時にはアクセスが集中する。たとえば台風が接近してくるととたんに気象庁のサイトにはつながらなくなることは、経験することが多いだろう。気象情報はちょっと待てばテレビなどで情報を得ることが可能だが、「今すぐ」、という要求が多いからだろう。また、インターネットは地震が起きたときに普通にならないだろうか。おそらく、電気や水道などのライフラインに比べて災害には強いことが予想される。電話の基地局には非常電源が装備されているし、ネットワークそのものが分散型であり、自動的に迂回路を探すなど、通信料の増加に対しても比較的強いと思われる。ただし、まだ、実際の災害の洗礼を受けていないので、確実ではない。

 <放送とインターネットの防災における役割> さて、防災におけるインターネットの役割とは何だろうか。それは放送とインターネットとの役割分担を考えてみると明らかになる。図1を見てほしい。放送とインターネットを対極においてみる。放送の機能と役割は、公共性(共通の要求度)の高い内容を、精選して、同時に流すことができるということである。災害時には、地震情報、津波情報、台風情報など、多くの人が共通に必要とする内容をすばやく一度に伝えるのに適している。それに対しインターネットは、個別的な内容を、多種類、必要なときに流すことができる。情報の流れは、放送が一方向であるのに対し、インターネットには双方向性があるのも特徴である。そのためインターネットに適した災害情報とは、地域別の詳細な災害情報の取得、安否情報の取得など、個別的な内容である。また双方向性を利用した災害情報の取得にも利用できる。たとえば、防犯のために街角に設置したカメラの映像や、高齢者の福祉のために設置されるカメラ映像などは、災害時には被害状況の把握や安否の確認などに利用できる。またIP電話は個人同士の通信に用いられるであろう。IP電話は交換器を通さない通信が可能なので、輻輳に強いことが期待できる。今後はインターネットカメラが、いろいろな場面で利用されることになろうが、そのような映像情報を用いて、我が家の安全などを確認することも可能だろう。

 <機能に適した使われ方が必要> 現在の災害時の情報流通は、このようなメディアの特質と実際の利用のされ方にミスマッチがある。たとえば、災害画像などは、むしろインターネットカメラを利用することにより、「自分の家は大丈夫か?」などのきめ細かい視聴者の要求に応えられるようになるはずだが、実際には「絵になる」場所ばかり放送されるという弊害がある。また、台風情報のような共通性の高い情報はむしろ放送メディアに適しているが、インターネットを用いることにより特定のサイトへアクセスが集中して使い勝手が悪くなる。近年運用の始まったデジタル放送はその問題点を解決できるだろう。デジタル放送のなかのデータ放送は視聴者がほしいときに情報を手に入れることができるからである。地上波デジタルはローカルな情報に特化して、気象情報・地震情報・交通情報などを視聴者に必要なタイミングで供給することができる。このようにインターネットと放送メディアが役割分担をすることによって、有効な災害情報の提供が可能になる。

 <普段も使える防災インフラの整備> さて、ブロードバンド常時接続インターネットを用いた防災インフラとはどのようなものが考えられるだろうか。図2に示してみる。防災のためには、普段使っているシステムを利用するのがもっともよい。忘れた頃にやってくる災害のためだけにシステムを用意しても結局役立たない可能性が高いし、第一コストが高くつく。利用できるシステムとしては、まず防犯のためのシステムを利用するのがよい。これは東大地震研の鷹野さんから教えてもらった。たとえば、最近の治安の悪化にともなってあちこちに設置され始めている防犯カメラの映像もインターネットを利用して送信できる。地震時や水害時などは街角に設置されているカメラの映像が役に立つはずである。また家庭の防犯システムもインターネットで情報をやりとりできれば、災害時も我が家の安全・安心を確認するのに役立つだろう。今後高齢者が増えてくるのに従い、高齢者福祉のためにインターネットを利用したシステムができてくるだろう。現在すでに、ボタンを押すとタクシー会社に自動的に通報され、タクシーが駆けつけてくれるサービスもある。現在、これらは通常の電話回線を用いているが、常時接続インターネットを利用することにより、映像の情報も送ることができる。災害時には高齢者の安否確認にも役に立つだろう。

 <災害時に役立たない携帯電話と、災害時に見あたらない公衆電話> いまや携帯電話は一人一台の時代である。それに伴い公衆電話がどんどん減っていく。災害時には携帯電話の利用が集中し役立たなくなるのはよく知られた事実であり、災害時につながりやすい公衆電話はどんどん減っていく。災害時になんとか携帯電話を使えるようにできないだろうか?これを平常時にも使ってもらえるシステムと組み合わせないと結局はうまくいかない。さて、どうするか。ヒントは無線LANである。最近はノートパソコンとの接続に配線のいらない無線LANを利用する人が増えている。また町中にも無線LANを利用できる場所(ホットスポットというらしい)が増えている。しかし、有料の無線LANスポットは営業的にはなかなか苦しく、普及しにくいらしい。たしかに町中で、パソコンを取り出して無線LANを使うユーザーがそんなに多いとは思えない。何とか携帯電話で無線LANをうまく利用できないだろうか?携帯電話でのデータ通信が一般的になってきたとはいえ、まだまだ常時インターネット接続のパソコンに比べるとアクセスに時間がかかり、いらいらする。無線LANのスポットでは、携帯電話のアクセスも早くなり、かつ通信や通話料も安くなる、となれば利用者も増えないだろうか。つまり携帯電話を公衆電話的に特定の場所で使うことである。このような利用が進めば、災害時には無線LANのスポットで、かなり自由に通話が可能となる。避難所となるような場所や、地区のコミュニティーセンターなども無線LANスポットとしておけば、災害時にも役立つだろう。