火山活動モニターのための新手法ワークショップ

山岡耕春

名古屋大学環境学研究科 地震火山・防災研究センター

はじめに
 刻々と変化する火山活動のデータを遠隔地の研究者と共有して議論を深めることができたらどんなに良いだろうか。このように一度でも考えたことのある研究者は多いことだろう。火山観測所にいる研究者、都市の大学にいる研究者、つくばにいる火山研究者などが同じ場所に集まらなくても状況の把握ができたら現在進行中の火山活動について多面的な議論が可能になり、その結果火山防災にも多大な貢献ができる。いちいちプリントアウトしてFAXで送らなくても、研究者の見やすいようにデータ表示ができる。この様なことを可能にしたソフトが、またしても米国の研究機関によって作り上げられ、しかも無償で提供されることになってしまった。そのソフトの名前はVALVE (Volcano Analysis and Visualization Environment)である。2003年7月13日にハワイのヒロで行われたワークショップにおいてVALVEが紹介され参加者の注目を浴びた。ここではワークショップの概要とともにVALVEについての解説を試みる。

Cities on Volcanoes 会議
 札幌でのIUGGの直後、2003年7月14日から18日まで米国ハワイ州のヒロ市(Hilo)ハワイ大学ヒロ校においてCities on Volcanoes会議(COV)が開かれた。これは通常の火山学の国際会議とは異なり、火山の防災により重点を置いた国際会議である。COVはこれが3回目で、1回目はイタリアのローマとナポリにて、2回目はニュージーランドのオークランドにて開催された。第1回目の開催地の一つとなったナポリは、西暦63年にポンペイを火山灰と軽石で埋めつくしたことで有名なベスビオ火山の麓にある。この火山の周辺には今も70万人以上の人たちが住んでおりCOVの第1回としてはふさわしい場所であった。第2回のオークランドも単成火山群の上に作られた都市であり、町のどこから噴火してもおかしくないという場所である。そして今回第3回のCOVが開催されたヒロは、ハワイ州最大の島であるハワイ島の東部に位置する都市である。ハワイ島の住民はどこにいても火山噴火によって生活が破壊される可能性にさらされている。1983年から始まったプウオオ(Puu Oo)の噴火では南部の町カラパナ(Kalapana)が溶岩に埋もれてしまった。ヒロも1984年のマウナロア(Mauna Loa)の噴火による溶岩が町の直前まで迫った。観光で有名なコナ(Kona)もマウナロアやフアラライ(Hualalai)の溶岩によって埋もれてしまう可能性もある。いずれの場所も火山の研究やモニタリングと火山防災が直結している場所で、COVシンポジウムを開催するのにふさわしい場所である。
 この様な会議の性格を反映して、今回の会議にも火山学だけでなく、砂防工学、人文社会学、医療、教育など多岐の分野にわたり、世界30カ国あまりから300人以上の研究者や実務者が集まった。セッションは5日間をゆったりと使い、初日の午前中と最終日の午後は大学の講堂で全体講演、2日目、4日目と最終日の午前中が分科会に分かれた研究発表、初日の午後と4日目の午後にポスターセッション、そして中日の3日目は野外巡検が行われた。初日の全体講演では自然科学・社会科学と危機管理の問題について、いくつかのケーススタディーを交えつつ報告があった。噴火予知や噴火災害予測の技術が進歩するに従い、それらの災害や危険をどのように住民に知らせて適切な対応を取るかが問題となってくる。今まで分かれていた分野が協力して火山災害の低減に取り組まねばならない。最初の全体講演は参加者全体が共通に認識を持つためにふさわしいものであった。防災への取り組みには、国の発展段階の違い、国民性の違いがあるものの、火山防災における共通する問題があることを認識させた。
 分科会はおおむね危機管理・災害・火山科学の専門分野に分かれて活発な討議が行われていた。興味深いことに会場には必ずしもその分野の専門家だけではなく他の分野の専門家も多くいて、参加者の防災に取り組む熱意が感じられた。今回からは医療も加わりガスや火山灰による健康への影響が議論された。三宅島の火山ガスに翻弄されている日本からはこの分野の専門家の参加者がなく、今後の課題となった。
 火山で開催される学会の重要なイベントは、野外巡検である。今回は火山を見たい人のためにはキラウエアとイーストリフトゾーン(East rift zone)、キラウエアの災害の側面を実際に見たい人には島の東南部のカラパナへのコースを選択できた。観光地として名高い西海岸へのコースもあったが、これは溶岩流の分布を見学するためのものである。ハワイ島は公共交通機関がないため、レンタカーを借りて行動する参加者もいた。今回は実際に流れている溶岩まで徒歩で小一時間と手軽であったため、独自に溶岩見学という参加者もいた。

New Techniques for Volcano Surveillance
 この会議に先立つ7月13日に、同じヒロ市のヒロハワイアンホテル(Hilo Hawaiian Hotel)において表題のようなワークショップが開催された。参加は約30人程度で、アメリカの他、イギリス、イタリア、オーストラリア、インドネシア、日本などからの参加があった(日本からは筆者一人だったが)。職業も研究者、学生、大学や高校の教員など多岐にわたっていた。ワークショップの目的は、火山活動をモニターするための新しい技術について議論をするためであった。実際には議論を深めると言うよりは、コンビーナ側が用意したいくつなのテーマに関する勉強会的な側面が強かった。コンビーナーはHVOのPeter Cervelli で、用意された話題は、火山の地殻変動モデリングのためのソフト、干渉合成開口レーダ(InSAR)による地殻変動の面的検出、そして先に述べたVALVEであった。トピックスとしてはロングバレーカルデラ(Long Valley Caldera)で掘削された深部ボアホール中の歪み計での観測について紹介された。(ワークショップの風景)
 火山の地殻変動モデリングは、よく知られているように岩脈およびマグマだまりを表すと考えられている開口割れ目および等方膨張源による地殻変動のモデリングのためのソフトの解説であった。オペレータによる試行錯誤とインバージョンを組み合わせてもっともらしい変動源を見つけ出すソフトのデモがHVOのPeter Cervelliによって披露された。まだ完成版ではなかったものの、Matlabの関数をうまく用いたインバージョンや分かりやすいGUIなど、今後を期待できるものであった。ただし、日本で作られている地殻変動解析ソフトであるMicap-Gはより完成度が高く、もっと国際的に宣伝すべきであるとの感想を持った。
 InSAR(Interferometric Synthetic Aperture Rader:干渉合成開口レーダ)による地殻変動画像はは、今日ではかなり一般的に知られるようになったが、まだまだ実際に解析するユーザーは一部に限られている。そのユーザー層を拡げようと、InSARの紹介を行ったのは米国地質調査所カスケード火山観測所(US Geological Survey, Cascade Volcano Observatory : CVO)のMike Polandであった。巧みな話術で参加者にInSARを使ってみたいと思わせる話であった。InSARを用いることによって初めて解明された火山の地殻変動の例や、InSARの長所・短所などの話がつづいた。話はそれだけにとどまらず、具体的に何をどう使うかという話がされた。InSARのデータを提供する衛星としては、ERS、JERS、RADARSAT、ALOSなどがあるが、このうち植生の影響を受けにくいLバンドの電波を用いているJERSはすでに運用を停止、ALOSは2004年の運用を待たねばならない。ともに日本の人工衛星あるが、Mike Polandが「ALOSは良い衛星だが2004年までは待てない」と言ったのが印象的だった。1998年以降ではRADARSATが最も使い勝手の良い衛星だそうだ。これらの人工衛星によってイタリアのエトナ山や、日本の岩手山など多くの火山の地殻変動が明らかになっている。余談であるが、最近までキラウエアのInSAR画像がなかったのは、近隣にデータのダウンロードステーションがなかったためである。人工衛星にはデータがためられないことに筆者は初めて気づいた。ところで解析ソフトも現在では良いものがそろっている。無料であるがサポートなしというROI_PAC(JPL)から24000ドルもするが手厚いサポートのあるGammaまで、推薦された。これだけ具体的に示されると、使ってみようという気になる。この様な解説がなされるのもCOVの重要なところであろう。

VALVE : Volcano Analysis and Visualization Environment
 米国地質調査所のハワイ火山観測所(HVO)にて開発されたVALVEは、このワークショップを主催したコンビーナーの自信作で、午前中の3時間を用いて集中的に解説された。本報告でもこのVALVEについての紹介に重点を置きたい。デモは開発の中心となったDan Cervelli(プログラマー、HVOボランティア)が行った。なお名前からわかるようにDan Cervelli とPeter Cervelliは兄弟である。
 VALVEにはいくつかの特徴があるが、まず無料であることが驚きであった。そのわけをHVOの副所長(Administration in chief)であるArnold Okamuraに尋ねてみた。それはHVOが政府組織だからということであった。では、米国内部だけに無料なのか、というやや意地悪な質問をしたのだが、どこの誰にでも無料だということであった。政府組織で外国の研究者にも無料というのも大したものだとは思う。
 無料であること以上にVALVEの特徴はウェブの技術を用いているという点である。ソフトウェアはどんどん進化し、様々な機能が追加されていく。筆者ももはや若い世代ではなくなってしまったため、新しいソフトについて行ったり乗り換えたりすることがだんだん苦痛となってきている。それでも常に使用しているソフトについてはそれなりに習熟し、抵抗感は少ない。熟年の研究者にとって、ワードプロセッサー、プレゼンテーションソフト、ウェブブラウザーは、常日頃使用しているソフトであり、その延長上で使用できるソフトが開発されれば使用上の抵抗感は少ない。特にウェブブラウザーはホテルや航空機の予約から各種情報収集まで誰でも使いこなせるソフトの代表格である。そのウェブブラウザーを用いて火山の観測データを見ることができるとすれば、ユーザーは若手から予知連委員クラスの熟年の研究者まで一気に拡がるに違いない。この様なソフトは誰でも抵抗感なく使えるなものでなければならないが、ウェブ技術を用いることによって実現されている。
 ウェブが用いられていることはさらに多くの便利さをもたらしてくれる。VALVEは特定のコンピュータ(サーバ)の上で動いている。ユーザーは自分のコンピュータのウェブブラウザーからVALVEが動いているコンピュータにアクセスするだけである。ウェブブラウザー以外の特別なソフトは不要である。ほとんどのコンピュータにはExplorerやNetscapeなどのブラウザーソフトが最初からついているため、VALVEのデータを見るために特にコンピュータの設定をいじる必要がない。またVALVEは、基本的な計算処理をすべてサーバー側で行っている。したがってユーザー側のコンピュータに対する制限が少ない。WINDOWSでしか動かないと言う困ったシステムではない。通信プロトコルには当然TCP/IPが用いられているため、サーバをインターネットにつなぎさえすればインターネットにつながっている世界中のコンピュータからアクセスできる。その結果、従来単一の観測所・機関の中にとどまっていた表示機能を一挙に世界中に拡げることができる。この様なVALVEの特徴によって、地球の裏側にいる知り合いの研究者と同一のかつ最新のデータを見ながら議論ができるという夢のようなことが現実となる。
 VALVEは様々な種類の火山観測データを表示することができる。連続的に観測されている地震波形や歪み・傾斜などのデータも、現地に出かけていって計測する水準測量やGPS、またガスの濃度などのデータも時間軸をそろえて表示することができる。また地震のカタログを取り込むことにより、震央分布図や地震活動の変化を表示することも可能である。現時点で考えられる火山のデータを時間軸や空間をそろえて統一的に表示できるところが大きな特徴である。火山で観測されるデータと地震活動予測のためのデータは共通点が多いので、当然のことながら地震のデータにも適用できる。従来、地震活動表示のためのソフト、地殻変動表示のためのソフトなどはそれぞれ優れたものがあったが、統一的に一つのソフトで扱えるようになっているものは筆者の知る限り初めてである。
 現在このシステムはHVOにおいて試験運用されていて、つぎのようなデータの表示に用いられている。(1)傾斜計・GPSなどの地殻変動データ。HVOでは傾斜計をキラウエア火山でのマグマ移動の検出に用いている。火口が隆起する変動はマグマの上昇、火口が沈降する変動はマグマが横方向への移動を示している。HVOではGPSを比較的広域の変動モニターに用いていて、リフトゾーンへのマグマの移動検出に役立っている。表示は時系列及び変動ベクトルの両方が可能である。(2)震源データ。HVOではハワイ島における震源の決定を行っていて膨大な量の地震の震源カタログがある。VALVEは震源カタログも扱うことができ、地図上への震源表示、地震の密度表示、地震数の表示などが可能となっている。特に震源表示は発生時間を色によって表示してあり、震源の移動が分かりやすい。(3)地震波形データ。火山性微動のような連続して観測される震動については、震源表示をすることができず波形の特徴をモニターすることになる。その場合振幅の変化およびスペクトルの変化を調べるのが基本である。振幅の変化はUSGSではRSAM(Real-Time Seismic Amplitude Measurement)と呼んでいて、火山活動の盛衰を表す指標として用いられている。火山がマグマや噴煙を盛んに噴出している場合にはRSAMが大きくなるなど、通常の地震では測れないマグマなどの流体の動きを知ることが出来る。スペクトル変化も重要で、RSAMでは見分けられない違いを見分けることができる。
 これらを表示させるためのユーザーインタフェースは分かりやすく、各種パラメータによって自由に表示期間や場所を選ぶことができる。もちろんこれらはすべてウェブブラウザーで設定して、ホスト側でほとんどの処理を行うためウェブブラウザーのあるコンピュータ(クライアント)には負担がかからない。
 VALVEを導入する場合に手を加える必要があるのはデータフォーマットであろう。HVOにおいてはデータを保管しておくコンピュータ(データサーバ)にデータを集めていて、VALVEのサーバはそのデータサーバにデータを読みに行くことになっているようである。最初は制作者に相談しながらシステムをくみ上げていく必要があろう。
 なおVALVEの詳細はhttp://valve.wr.usgs.govで見ることができる。


VALVEを導入すべき組織
 VALVEの最大の特徴はウェブとインターネットを最大限利用している点である。そのため空間的に離れた場所にいる研究者がデータやデータ表示を共有することができる。VALVEは、例えば火山噴火予知連絡会のような組織で導入を検討すべきであろう。火山噴火予知連絡会は、全国の委員の共同作業によって時々刻々変化していく火山活動を評価する組織である。特に火山の場合には都市から離れた地理的に不便な場所に観測所があり、そこに第一線の研究者が常駐していることが多い。その場合、インターネットによって観測データの表示ができることは、緊急を要する火山噴火予知にとっては重要なことである。火山噴火予知連に関連したもっとも重要な組織は気象庁であり、最近は全国4カ所に火山監視・情報センターを設置した。その様な場所で常時モニターされている火山のデータを、全国に散らばる火山の専門家の目で監視するためにはVALVEのようなソフトを導入するのが最適であろう。VALVEはHVOで作られているため表示はすべて英語であり、言語上の問題があるかもしれない。しかしながら多くの市販ソフトでやっているように、VALVEを日本語化することは不可能ではないだろう。火山観測の場合、火山に張り付いた観測がどうしても必要であるため、結果として専門性の高い研究者が地理的に離れた場所に散らばってしまうという宿命があった。インターネットとその有効性を活用したVALVEの様なソフトの出現によって今後の火山噴火予知研究が飛躍的に進歩することが期待される。