東北地方太平洋沖地震による中部地方における地震発生促進の可能性の検討(第1報)

名古屋大学大学院環境学研究科

●検討内容

 東北地方太平洋沖地震の発生によって,日本列島の地殻にかかる力のバランスが広範囲で崩れ,東北地方から遠く離れた別の地域で地震の発生が促進される懸念がある.そこで,地震を起こしうる応力の変化(※1)の面から,東北地方太平洋沖地震が以下の地震発生を促進する傾向にあるかどうかを検討した. 
 (1)東海地震(M8.0程度)
 (2)東南海地震(M8.1程度)
 (3)養老断層系[養老断層,桑名—四日市断層]での地震(M8程度)
 (4)阿寺断層[北部,南部]での地震(M6.9~M7.9程度)
  用いた東北地方太平洋沖地震の断層モデルは,国土地理院によるものである(第221回地震調査委員会(臨時会)資料).




●図の見方

 地図上に示した色は,各地震を起こしうる応力の変化量(※2)を示している.検討した各断層・震源域の場所の色が赤ければ赤いほど,東北地方太平洋沖地震によって地震発生がより促進される傾向にあることを意味する.逆に青くなっていれば,地震発生が抑制される傾向にある.白くなっていれば,各地震への影響はないことを意味する.

●結果

 東海・東南海地震をはじめ今回検討した全ての地震について,当該震源域(断層)の場所が濃い赤色となる地震は無い(※3)ため,東北地方太平洋沖地震が引き金となって直ちにこれらの地震が発生する危険性が高まった(地震の発生が極端に早まった)わけではないことが分かった.ただし,阿寺断層北部での地震については,絶対値が極端に大きいというわけではないものの,他の地震と比較して応力増加がやや大きく,周辺で活発になっている地震活動の推移を注意深く見守りたい.

●注意事項

 今回の結果は,あくまでも,東北地方太平洋沖地震によって今回検討した地震が「直ちに」発生するわけではないことを示していることに注意が必要である.将来的(数十年単位以上の長期で見た場合)にこれらの地震が発生しないことを意味しているわけではない.
特に,東南海地震については,地震発生確率が今後30年以内で70%,50年以内で90%程度もしくはそれ以上との評価が地震調査研究推進本部から出されている.また,阿寺断層北部では,30年以内の地震発生確率が6%~11%であり,我が国の主な活断層の中でも確率の高いグループに属する.地震への備えは怠らないでいただきたい.

●謝辞

 クーロン応力変化の計算には,Coulomb 3.1を使用させていただきました.記して感謝します.
Toda, S., R. S. Stein, K. Richards-Dinger and S. Bozkurt (2005), Forecasting the evolution of seismicity in southern California: Animations built on earthquake stress transfer, J. Geophys. Res., B05S16, doi:10.1029/2004JB003415.
Lin, J. and R.S. Stein (2004), Stress triggering in thrust and subduction earthquakes, and stress interaction between the southern San Andreas and nearby thrust and strike-slip faults, J. Geophys. Res., 109, B02303, doi:10.1029/2003JB002607.

●注釈

(※1)「応力」とは,単位面積あたりにはたらく力のことをいう.ここで検討した応力変化は,正確には「クーロン応力変化」という.
(※2)応力変化の単位はhPa(ヘクトパスカル)で表している.およそ1013hPaが地表での大気の圧力に相当する.また,地震時に解放する応力に対するパーセンテージでも示した.
(※3)求められた応力変化は,地震発生を促進する方向に増加している場所でも,地震時に解放する応力に対して高々0.1~0.5%程度であり,直ちに地震発生の危険性が高まったとは言えない.

(田所敬一・伊藤武男・渡部 豪・小澤和浩)